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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1969号 判決

原告

黒田俊策

原告

黒田満子

右両名訴訟代理人

畑山穣

猪俣貞夫

川又昭

輿石英雄

根岸義道

被告

小峰武士

右訴訟代理人

星山輝男

岡田尚

伊藤幹郎

三浦守正

被告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者

行徳克己

右訴訟代理人

本村俊学

被告

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

右訴訟代理人

山下卯吉外六名

主文

1(一)  被告小峰武士は、原告黒田俊策に対し金一〇〇三万三二五〇円及びうち金九一三万三二五〇円に対する昭和五〇年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告黒田満子に対し金九六七万〇三六七円及びうち金八八二万〇三六七円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  原告らの被告小峰武士に対するその余の請求をいずれも棄却する。

2  被告共栄火災海上保険相互会社は、原告黒田俊策に対し金五〇一万二八八三円、原告黒田満子に対し金五〇〇万円、及び、右各金員に対する昭和五〇年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  原告らの被告神奈川県に対する請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、原告らと被告小峰武士間では三分し、その一を原告らの、その余を被告小峰武士の各負担とし、原告らと被告共栄火災海上保険相互会社間では全部被告共栄火災海上保険相互会社の負担とし、原告らと被告神奈川県間では全部原告らの負担とする。

5  この判決は、主文1(一)及び2に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告小峰武士は、原告黒田俊策に対し金一二一七万三四八三円及びうち金一一一七万三四八三円に対する昭和五〇年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告黒田満子に対し金一一八六万〇六〇〇円及びうち金一〇八六万〇六〇〇円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  主文2同旨

3  被告神奈川県は、原告黒田俊策及び原告黒田満子に対し各金五〇万円及びこれに対する昭和五〇年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告小峰武士の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する被告共栄火災海上保険相互会社の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  請求の趣旨に対する被告神奈川県の答弁

(本案前の申立て)

本件訴えを却下する。

(本案の申立て)

1 主文3同旨

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

(一) 原告らと亡黒田詞博の身分関係

原告黒田俊策(以下「俊策」という。)は、亡黒田詞博(以下「亡詞博」という。)の父であり、原告黒田満子(以下「満子」という。)は、その母である。

(二) 交通事故の発生

昭和四九年六月二二日午後〇時五分頃横須賀市鴨居四丁目一三二〇番地先道路において亡詞博と被告小峰武士(以下「小峰」という。)の乗つた自動二輪車(以下「本件オートバイ」という。)が歩道上に乗り上げて転倒し、その際、亡詞博は、脳挫傷・頭蓋底骨折の傷害を受け、同日午後四時二〇分頃横須賀市立市民病院で右傷害により死亡した。

(三) 事故車両の運転者

(イ) 事故発生当時小峰が本件オートバイを運転し、亡詞博がその後部座席に同乗していた。

(ロ) 本件事故の前後の状況は、次のとおりである。

(あ)亡詞博は、通学先のバス旅行の途中立ち寄つた観音崎駐車場で偶々本件オートバイを運転して兄洋一とともに同所に来合わせた小峰と知り合い、二言、三言言葉をかわした後、小峰の運転するオートバイの後部座席に同乗して多々羅浜方面へ向かつた。

(い) ところが、その帰途、小峰は、観音崎隧道を出ると、道路が急に右にカーブし、かつ、相当程度下り勾配となつているにもかかわらず、減速しないで漫然高速度のまま進行した。このため、本件オートバイは、右カーブ部分を曲がり切れず、ハンドルをとられ、左側歩道上の植込み(以下「第一植込み」という。)の一・二メートル手前で歩道縁石の高くなつているところへ前輪が衝突し、次いで後輪も歩道縁石に接触し、車体が左側へ傾斜した。

(う) 亡詞博は、本件オートバイが歩道縁石に衝突接触した際の衝撃により後部座席から第一植込みの中に投げ出され、植込みの縁石に頭部から落下して頭蓋底骨折等の致命傷を負い、更に頭部を支点にして足先はオートバイの進行方向寄りに流され、地面にたたきつけられ、右肋骨骨折等の傷害を負つた。

(え) その間、本件オートバイは、後部座席から亡詞博を投げ出した後、一層歩道側に倒れ込み、亡詞博の直前を植込みの植木をなぎ倒しつつ、前進し、歩道上に横倒しとなつて乗り上げ、第一植込みの直後あたりからは完全な横滑り状態となつて歩道上を右回りにゆつくり回転しながら、滑走した。そして、二番目の植込み(以下「第二植込み」という。)では、ハンドルの左端で植込み内の泥土をかいて散乱させ、第二植込みと三番目の植込み(以下「第三植込み」という。)の中間付近で停止した。

(お) 他方、小峰は、カーブを曲がり切れないおそれがあると気付いた瞬間からハンドルを握つた手に力を入れ、横倒しとなつて歩道上を滑走していく本件オートバイ上でうまくバランスをとり、オートバイとともに歩道上を滑つていき、オートバイが減速したのち離脱したため、身体左側の各部に全治約一〇日間の打撲擦過傷を負うにとどまつた。

2  小峰の損害賠償責任と被告共栄火災海上保険の損害賠償額支払義務

(一) 小峰の損害賠償責任

(イ) 小峰は、岡崎州児より昭和四九年五月頃本件オートバイを譲り受け、本件事故当時これを所有し、自己のため運行の用に供していた。

(ロ) また、小峰は、本件オートバイを運転して事故現場の道路を進行するにあたり、同所は相当程度下り勾配となり、かつ、急に右にカーブしているから、十分減速した上進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然高速度のまま進行を継続した過失がある。

(ハ) したがつて、小峰は、本件事故による損害につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条本文の規定に基づく損害賠償責任がある。ただし、原告らに生じた損害のうち弁護士費用分は、民法七〇九条の規定に基づく損害賠償責任がある。

(二) 被告共栄火災海上保険の損害賠償額支払義務

(イ) 被告共栄火災海上保険相互会社(以下「被告会社」という。)と岡崎州児は、本件オートバイにつき昭和四八年九月五日自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

保険期間 昭和四八年九月五日から昭和五〇年一〇月五日まで

保険金額 傷害につき 八〇万円

死亡・後遺障害につき一〇〇〇万円

(ロ) その後、小峰は、前記岡崎より本件オートバイを譲り受け、本件事故当時これを所有し、自己のため運行の用に供していた。

(ハ) したがつて、被告会社は、本件事故による損害につき自賠法第一六条第一項の規定により前記保険金額の限度で損害賠償額を支払う義務がある。

(三) 交通事故による損害

(1) 亡詞博の損害と原告らによる相続

(イ) 亡詞博の損害

① 治療関係費

亡詞博は、事故後横須賀市立市民病院で治療を受けたが、その治療費及び診断書作成料等として一万三五四三円を要した。

② 逸失利益

亡詞博は、事故当時四年制の東洋美術学校絵画科一年に在学中の、満二一歳の男子であり、その豊かな芸術的才能からみて画家として相当な成功をおさめたであろうことは確実とみられるから、その収入も一般男子労働者の平均賃金を上回わるものと考えられるところ、「昭和四八年度賃金センサス」によれば、男子労働者の平均賃金は年一六二万四二〇〇円であり、また、簡易生命表によれば、満二一歳の男子の平均余命は五一年であるが、生活費として収入の五〇パーセントを要するとみられるので、結局、亡詞博は、東洋美術学校卒業後満二五歳から満六五歳まで稼働し、右四〇年間に前記平均賃金からその五〇パーセントを控除した残額八一万二一〇〇円の得べかりし利益を喪失した。そこで、ホフマン方式(ホフマン係数一九・三五八七)により中間利息を控除して事故当時の現価を算出すると、一五七二万一二〇〇円でる。

(ロ) 原告らによる相続

原告らは、亡詞博の父母として、その損害賠償請求権につき二分の一あて共同相続したが、前記①の治療関係費分一万三五四三円は、原告ら間で昭和五九年五月二九日俊策において相続する旨の遺産分割の合意をした。

したがつて、俊策は、亡詞博の損害賠償請求権七八七万四一四三円を相続し、そのうち治療関係費分一万三五四三円については一万二八八三円を請求する。満子は、亡詞博の損害賠償請求権七八六万〇六〇〇円を相続した。

(2) 俊策の損害

① 葬儀費

俊策は、亡詞博の葬儀を執り行い、多額の出費をしたが、そのうち三〇万円を請求する。

② 慰藉料

俊策は、亡詞博が明かるく素直な好青年であり、芸術的素質も豊かであるため、その将来を非常に楽しみにしていたところ、本件事故による突然の死亡によつてその希望を無惨に打ち砕かれ、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を受けた。その精神的苦痛を慰藉する金員としては、少なくとも三〇〇万円が支払われるべきである。

(3) 満子の損害

満子は、俊策と同様の事情により筆舌に尽くし難い精神的苦痛を受けた。その精神的苦痛を慰藉する金員としては、少なくとも三〇〇万円が支払われるべきである。

(4) 弁護士費用

原告らは、本訴訟を提起追行するため、弁護士畑山穣ほか三名に訴訟代理を委任し、原告一名につき着手金として一〇万円あて支払い、成功報酬として判決認容額の一〇パーセントあて支払う旨約した。本訴訟は、警察の捜査の過誤のため、被害者である亡詞博が被疑者として立件送致されており、主張立証上困難のある、特異な事件であつて、原告ら自身によつて訴訟を提起追行することによつては所期の目的を達成し得ない事案であるから、弁護費用は本件事故と相当因果関係のある損害である。原告らは、それぞれ、そのうち着手金一〇万円と成功報酬のうち九〇万円の合計一〇〇万円を請求する。

3  被告神奈川県の損害賠償責任

(一) 交通事故の捜査の経緯

(イ) 神奈川県警察浦賀警察署が本件事故の現場を所轄するため、署長柴田敬治警視の指揮の下に交通課長山上政継警部ら同署所属の警察官が捜査を行つた。そのうち、事故直後に現場に出動して捜査にあたつた警察官は、村田英夫巡査、島田(旧性小山)秀夫巡査及び金子某巡査の三名であり、事故当日の当直主任は、今福次警部補であつた。

(ロ) そして、担当警察官は、昭和四九年一一月初め頃、事故当時本件オートバイを運転していたのは亡詞博であるとの小峰の供述のほか、亡詞博は運転席から前下に投げ出された際ハンドル右側のブレーキレバーで右胸部を強打したため、右側肋骨三本を骨折するとともに、ブレーキレバーも前方へ若干湾曲したとみられること、また、同人が両手指外側に擦過傷を負つたのもハンドルを握つていたためとみられること、更に現場路面に付着していた衣類片様繊維物質は、後部座席乗員のズボンが路面にこすりつけられたために付着したものであり、それが小峰のズボンの一部とみられることなどを根拠に、本件オートバイを運転していた者は小峰でなく、亡詞博であると認定した上、本件事故につき亡詞博を被疑者として重過失傷害罪の罪名で検察官に事件を送致した。

(二) 交通事故の捜査の過誤

(イ) しかし、本件オートバイを運転していた者は前述のとおり小峰であり、運転者を亡詞博であるとする警察の認定は誤りである。

(あ) まず、本件オートバイの所有者が小峰であり、本件事故が発生する数分前に運転していたのも小峰であること、亡詞博と小峰とは事故当日観音崎駐車場で知り合うまで一面識もない間柄であり、小峰にとつて運転免許の有無も運転技量もはつきりしない、行きずりの亡詞博に大切なオートバイを運転させる理由がないこと、亡詞博は、かつて原動機付自転車の運転免許を取得したことがあるが、その後これを失効させてからは何ら運転免許を保有しておらず、本件オートバイのような強い馬力のオートバイを運転した経験も技量も有しないこと、更に、亡詞博は、絵画・詩に関心を持つ、心の優しい青年であり、無免許運転をするような性格の持ち主ではないことなどの事実からすれば、亡詞博が本件オートバイを運転していたとみるのは、極めて不自然である。

(い) 一般にオートバイの場合ハンドルで自己の身体を保持できる運転者の方がその身体をつかんで身体を保持するしかない後部座席乗員に比較し安定性が高いが、本件事故の現場では、オートバイの進行方向からみて最初に亡詞博が歩道縁石との衝突地点から一・二メートル先の第一植込み内に倒れ、次に小峰が倒れ、最後に十数メートル先の歩道上に本件オートバイが車体左側を下にして横転していたこと、そして、本件事故のため、亡詞博は、左頭頂部挫裂創・頭蓋底骨折・右肋骨骨折等のひん死の重傷を負い、四時間余り後に死亡したが、これに対し、小峰は、全治約一〇日間の右項部・左前腕部・左手掌手甲部・左腸骨部・左膝下部各打撲擦過傷という軽傷を負うにとどまつたこと、などの事実からすれば、小峰が本件オートバイを運転していたとみるのが合理的である。

(う) 亡詞博は、両手指外傷に擦過傷があるけれども、仮に同人がハンドルを握つていたのであれば、むしろその手は地面に直接触れないため、両手指外側に受傷する機会が少ないはずであるし、また、同人の右肋骨が骨折し(三本だけでない。)、ハンドル右側のブレーキレバーが前方に湾曲しているけれども、それが右胸部をブレーキレバーにひつかけ、こすりつけたために生じたものであれば、それに伴う挫創が右胸部にあるはずであるのに、同人にはそのような挫創がないのみならず、同人がオートバイの上方に投げ出されたことによつてはブレーキレバーの前方への湾曲は生じ得ないものであるから(亡詞博が本件オートバイの前方に投げ出されたのであれば、オートバイより前方に倒れていたはずである。)、いずれも、本件オートバイの運転者が亡詞博であるとする根拠としては薄弱なものである。また、事故現場に遺留されていた衣類片様繊維物質も、比較対照のための精密な理化学検査が行われていないため、小峰のズボンの一部であるとは断定することができないものである(仮に小峰のズボンの一部であるならば、小峰は、歩道上に投げ出された後、重量一八三キログラムのオートバイに背後より衝突されたか、あるいは、歩道西側の石垣に激突したか、のいずれかにより重大な傷害を受けたはずである。)。

(え) なお、亡詞博がオートバイから投げ出された後倒れていた地点が第一植込み内であることなどからすると、本件オートバイが低歩道部分で歩道縁石に衝突接触し、歩道上に乗り上げた後、右低歩道部分が高歩道部分に移行するかけ上がり部分で車体左側を下にして横転し、そのまま十数メートル先の第二植込みと第三植込みの中間付近まで滑走して停止したとみるのは、不合理である。

(お) 更に、小峰の供述は、事故前亡詞博に運転免許の有無を確認したか否か、事故現場の手前にある観音崎隧道でブレーキをかけるように注意したか否かといつた重要な点をめぐり変転があるだけでなく、その内容自体に常識外れで不自然なものが含まれ、措信することができない。

(ロ) ところが、浦賀警察署の担当警察官は、本件オートバイの所有者が小峰であること、亡詞博と小峰が知り合つた観音崎駐車場まで本件オートバイを運転して来たのも、また、後部座席に亡詞博を乗せて同駐車場より本件オートバイを運転して走り去つたのも、小峰であり、本件事故はその数分後に発生していること、亡詞博が何ら運転免許を保有していないこと、亡詞博がひん死の重傷を負い、意識を回復しないまま四時間余り後に死亡していること、更には本件事故を目撃した者が誰れ一人現われていないこと、などの事情にかんがみ、小峰が本件オートバイを運転していた者は亡詞博であると申し立てても、小峰において亡詞博の死亡に対する刑事上及び民事上の責任を追及されるのを免れようとして虚偽の申立てをしていることは十分ありうることであるから、慎重に捜査を行う必要があつたにもかかわらず、小峰の申立てを鵜呑みにし、本件事故がサーキット族による暴走事故であるとの安易な予断の下に亡詞博がサーキット族の一員であると誤認したことにより、初動捜査を中心に捜査の過程で以下述べる基本的な過誤を犯し、その結果、本件事故の事実関係を把握することに失敗した。

(あ) 事故直後現場に出動した島田巡査は、亡詞博が本件オートバイの運転者であるか否かを確定するため、ハンドルから遺留指紋を採取し、亡詞博の指紋と照合することが重要であるのに、小峰の兄洋一から受けた運転者は亡詞博であるとの説明を鵜呑みにし、ハンドルから遺留指紋を採取する必要があることに思い至らず、本件オートバイのハンドルに不用意に素手で触れこれを観音崎駐車場まで押して運んだ。その後現場に到着した村田巡査は、島田巡査や前記洋一から本件事故の状況を聴取しながら、やはり遺留指紋を採取する必要があることに思い至らず、指紋採取に必要な証拠保全の措置をとらなかつた。そして、山上交通課長も、指紋採取の可能な期間内にこれを実施せず、指紋という最良の証拠方法を収集する機会を失わせてしまつた。

(い) 村田巡査は、本件事故における最も重要な証拠物である本件オートバイを押収せず、修理業者に引き取らせた。山上交通課長も、亡詞博が運転者であることに疑問を抱き、小峰の取調べを行いながら、本件オートバイを押収しないまま、漫然放置した。

(う) また、村田巡査は、事故現場で実況見分を行うにあたり、小峰の兄洋一から事情を聴取し、立会人として指示説明をさせながら、同人が立ち会つた事実もその指示説明の内容も調書に記載せず、事故直後の現場の状況等を採証して客観化しておくべき実況見分調書の作成を杜撰なものとした。

(え) 更に、村田巡査は、事故現場で遺留衣類片様繊維物質を採取するにあたり、その状況を明確にするために必要な接写による写真撮影を行わなかつた。同巡査は、亡詞博と小峰がいずれも類似したベージュ色の木綿様ズボンを着用していたのであるから、遺留衣類片様繊維物質との比較対照用に両名のズボンを押収しておくべきであるのに、亡詞博のズボンが手術のため切り取られていたことから、半ズボンであると思い込み、これを怠り、その結果、右ズボンを火葬で焼失させてしまつた。しかも、山上交通課長らは、現在も小峰着用のズボンが残つているにもかかわらず、遺留衣類片様繊維物質との比較対照のための理化学検査を行つていない。

(お) 山上交通課長は、事故現場が交通事故の多発している危険な場所であり、過去の交通事故による痕跡が路上に残在しているため、右の痕跡と本件事故による痕跡とを区別する必要があるのに、本件事故の前日発生した交通事故の現場写真を検討しなかつた。

(か) 山上交通課長らは、原告らから亡詞博が事故当時着用していた靴の任意提出を受けたのに、左足の靴底や左側面に残る擦過痕と現場路面に残る擦過痕とを比較対照するために必要な鑑定等を行わなかつた。

(き) 村田巡査と山上交通課長は、事故当日小峰を取り調べながら、本件オートバイの運転者を認定する上で重要な小峰の転倒位置につき、小峰が記憶していないと述べるのにまかせ、真相を追及するための努力をほとんど行わなかつた。このことは、その後の捜査においても同様であつた。

(ハ) しかも、浦賀警察署の担当警察官は、その後原告らより、本件オートバイの運転者は小峰であつて、亡詞博ではない、と運転者の認定の誤りを指摘され、これに気付いたにもかかわらず、捜査過程における前述の過誤を糊塗するため、亡詞博を運転者であると認定したまま、本件事故の事件処理を行い、これにより被害者である亡詞博に犯罪者の汚名を被せてその父母である原告らの名誉を甚だしく毀損するとともに、原告らが被害者の遺族として有するところの加害者小峰に対する厳正な捜査と処罰を求める権利を侵害した。

(三) 被告神奈川県の損害賠償責任

(イ) 被告神奈川県(以下「被告県」という。)は、神奈川県警察を設置している地方公共団体である。

(ロ) したがつて、被告県は、浦賀警察署の担当警察官が本件事故の捜査を行うにあたりその故意・過失により犯した捜査の過誤による損害につき国家賠償法第一条の規定に基づく損害賠償責任がある。

(四) 捜査の過誤による損害(慰藉料)

原告らは、いずれも前述のごとくその名誉を甚だしく毀損され、かつ、前記権利を侵害されたことにより、精神的苦痛を受けた。原告らの精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも各五〇万円が支払われるべきである。

4  結論

よつて、小峰に対し、俊策は損害賠償金一二一七万三四八三円及びうち弁護士費用分を除くその余の損害賠償金一一一七万三四八三円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、満子は損害賠償金一一八六万〇六〇〇円及びうち弁護士費用分を除くその余の損害賠償金一〇八六万〇六〇〇円に対する訴状送達の日の翌日である同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを、被告会社に対し、俊策は損害賠償金五〇一万二八八三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、満子は損害賠償金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを、被告県に対し、俊策及び満子は各損害賠償金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である同年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因事実に対する小峰の認否

1(一)  請求の原因1(一)の事実を認める。

(二)  同(二)のうち亡詞博の死因は不知、その余の事実を認める。

(三)  同(三)(イ)の事実を否認し、(ロ)のうち小峰に関する事実を否認し、その余の事実はいずれも不知。ただし、(あ)の亡詞博が観音崎駐車場に本件オートバイを運転して兄洋一とともに来合わせた小峰と知り合い、二言・三言言葉をかわした後、小峰の運転する本件オートバイの後部座席に同乗して多々羅浜方面に向かつたこと、(い)の本件事故が帰途観音崎隧道を出ると道路が急に右にカーブし、かつ、下り勾配となつている場所で発生したことをいずれも認める。

(イ) 事故当時本件オートバイを運転していた者は亡詞博であり、小峰は後部座席に乗つていた。

(ロ) 本件事故の前後の状況は、次のとおりである。

(あ) 小峰は、昭和四九年四月一二日自動二輪車の運転免許を取得した後岡崎州児より本件オートバイを譲り受け、通勤やドライブに使用していたが、事故当日は兄洋一を後部座席に乗せ、山崎輪業でブレーキ関係の調整をした後、その結果をテストするため、観音崎駐車場に出向いた。

(い) ところが小峰は、兄洋一とともに同所で時を過ごすうち、偶々正午前頃同所に来合わせた亡詞博が話しかけてきたことから知り合い、二言・三言言葉をかわすうち、亡詞博が本件オートバイへの同乗を希望したため、その場に兄洋一を残し、亡詞博を後部座席に乗せ、本件オートバイを運転して同駐車場より多々羅浜方面へ向かつた。そして、同駐車場から約一・一キロメートル進んだ地点でUターンし、帰り始めてすぐ亡詞博が運転させてほしいと依頼した。小峰は、途中亡詞博から以前ホンダ二五〇シーシーに乗つていたことや茅ヶ崎でサーキットグループに入つていたことを聞き、当然運転免許を保有し、運転技術も確かであろうと考え、同年輩の気易さもあつて、亡詞博と運転を交替した。

(う) しかし、小峰は、亡詞博の運転振りを見て、運転技術が未熟であることを知り、運転免許の有無を尋ね、更に、本件オートバイを停止させるように求めたが、亡詞博は、運転免許証は家においてあると答え、停止の求めに応じないまま、時速約四〇ないし五〇キロメートルの速度で進行し、事故現場手前の観音崎隧道にさしかかつた。小峰は、観音崎隧道を出たところで道路が急に右にカーブし、かつ、下り勾配であることから、一定の運転技術がないと危険なため、三回くらい必死で「止まれ」などと叫んだが、亡詞博は、全く耳をかさず、そのまま進行した。このため、小峰は、亡詞博の腰に手を回わしていたが、観音崎隧道の出口にさしかかつたとき危険を直感し、必死に亡詞博にしがみつき、数秒後に歩道西側の石垣が目前に立ちはだかつたと思つた瞬間気を失つた。

(え) 事故後、小峰は、意識を回復したものの、事故のショックで茫然自失の状態であつたが、真先に観音崎駐車場に兄洋一がいるのを思い浮べ、救助を求めるため、徒歩で同駐車場まで行き、直ちに二人で事故現場に引き返した。その後、小峰は、亡詞博とともに病院に向かうため救急車で事故現場を離れた。

2(一)  請求の原因2(一)(イ)の事実を認め、(ロ)の事実を否認し、(ハ)を争う。

(二)  同(三)の事実を否認する。

3  請求の原因4を争う。

三  請求原因事実に対する被告会社の認否

1(一)  請求の原因1(一)の事実を認める。

(二)  同(二)の事実を認める。

(三)  同(三)(イ)(ロ)の事実はいずれも不知。

2(一)  請求の原因2(二)(イ)(ロ)の事実をいずれも認め、(ハ)を争う。

(二)  同(三)(2)(3)のうち慰藉料額及び(4)を争い、その余の事実はすべて不知。

3  請求の原因4を争う。

四  被告県の本案前の申立ての理由

司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査すべきものであるが(刑事訴訟法一八九条二項)、捜査の範囲、方法及びその結果に対する判断(何人を被疑者と認め、事件の送致をするかを含む。)は法令に別段の定めがない限り当該事件を捜査した司法警察職員の裁量に委ねられているのであるから、司法警察職員としては、合理的な見解により捜査の目的を達するために必要な取調べを行い、その結果に対する判断を独自になしうるものである。したがつて、警察官が捜査機関として行つた捜査の範囲、方法及びその結果に対する判断特に犯人が何人であるかの判断の当否をめぐる関係人との紛争は、すべて刑事訴訟法及びその関係法規によつて処理させれるべきものであり、行政訴訟は勿論のこと、民事訴訟の対象となし得ないものである。

しかるに、原告らは、本件事故の捜査結果につき浦賀警察署の担当警察官と異なる見解を有し、このために同警察署において亡詞博を被疑者として重過失傷害の罪名で検察官に事件を送致したことをもつて、亡詞博に犯罪者の汚名を被せてその父母である原告らの名誉を毀損し、あるいは、原告らが被害者の遺族として有するところの厳正な捜査と処罰を求める権利を侵害したと主張するものであり、帰するところ、本訴訟は、浦賀警察署の担当警察官がその捜査活動において原告らの見解を否定したことを原因とする訴訟であるから、捜査活動に対する容喙、干渉であるといつてよく、捜査執行権が司法警察職員にあることを定めた刑事訴訟法の趣旨に照らし、容認されるべきものでない。

よつて、本件訴えは、不適法であるから、これを却下すべきものである。

五  請求原因事実に対する被告県の認否

1(一)  請求の原因1(一)の事実を認める。

(二)  同(二)の事実を認める。

(三)  同(三)(イ)の事実を否認し、(ロ)のうち、(あ)の亡詞博と小峰とが事故当日観音崎駐車場で知り合うまで一面識もない間柄であつたこと、(い)の本件オートバイが観音崎隧道を出ると相当に下り勾配となり、かつ、右にカーブしている道路を高速度で進行したため、右カーブ部分を曲がり切れず、左側歩道縁石に衝突接触したこと、(う)の亡詞博が本件オートバイから投げ出された際に頭蓋底骨折、右肋骨骨折等の重傷を負つたこと、(え)の本件オートバイが歩道上に乗り上げ、右回りに回転しながら滑走し、その間植込み内の泥土をかいて散乱させ、第二植込みと第三植込みの中間付近で停止したこと、(お)の小峰が本件事故の際身体の左側各部に全治約一〇日間の打撲擦過傷を負つたにとどまつたこと、を認め、その余の事実は不知、又は否認する。

(イ) 本件オートバイを運転していた者は小峰でなく、亡詞博である。

(ロ) 本件事故の状況は、次のとおりである。

(あ) 亡詞博は、本件オートバイを運転して右に曲率半径五五メートルでカーブし、三・九パーセント下り勾配の事故現場道路を多々羅浜方面から観音崎駐車場に向かい進行するにあたり、その手前で減速せず、かつ、ハンドル操作を的確に行わないまま、時速約六〇キロメートルの速度で進行したため、右カーブ部分を曲がり切れず、オートバイ前輪を高さ七センチメートルの低歩道部分縁石に衝突させ、前輪タイヤ側面と縁石側面とが摩擦しながら進行するうち、オートバイ後輪が急激に左側に振れたことにより歩道上に乗り上げさせ、第一植込み手前の高さ七センチメートルの低歩道部分から高さ二五センチメートルの高歩道部分に移行するかけ上がり部分で車体左側を下にして接地転倒させた。

(い) その後、本件オートバイは、歩道上を右回りに一回転しながら、第二植込みと第三植込みの中間付近まで滑走して停止し、その間後部ナンバープレート左端で第二植込み内の泥土を抉り、付近に散乱させた。

(う) 後部座席に乗つていた小峰は、本件オートバイが歩道上に乗り上げて横転し、滑走するうち、最初に本件オートバイより投げ出され、右項部・左手掌左手甲部・左腸骨部・左膝下部・左前脇部に打撲擦過傷を負つた。

(え) また、運転していた亡詞博は、小峰に次いで本件オートバイより投げ出されたが、その際ハンドル右側のブレーキレバー部分で胸部上腹部を強打したことにより右肋骨骨折等の傷害を負い、更に、地面に落下したときの衝撃により左頭頂部挫裂創・頭蓋底骨折等の傷害を負つた。

2(一)  請求の原因3(一)(イ)のうち金子巡査が事故直後現場に出動したとの点を否認し、その余の事実を認め、(ロ)の事実を認める。

(二)  同(二)(イ)ないし(ハ)の事実をいずれも否認する。ただし(イ)(あ)の本件オートバイの所有者が小峰であり、亡詞博と小峰とは事故当日観音崎駐車場で知り合うまで一面識もない間柄であり、亡詞博は以前原動機付自転車の運転免許を取得したことはあるが、事故当時は何ら運転免許を保有していないこと、(い)の一般にはオートバイの場合後部座席より運転席の方が安定性が高く、事故現場では、本件オートバイの進行方向からみて、まず亡詞博が第一植込みに倒れ、十数メートル先の歩道上に本件オートバイが車体左側を下にして横転し、亡詞博は左頭頂部挫裂創・頭蓋底骨折・右肋骨骨折等の重傷を負い、四時間余り後に死亡し、小峰は右頂部・左手掌左手甲部・左腸骨部・左膝下部に全治約一〇日間を要する打撲擦過傷を負うにとどまつたこと、(う)の亡詞博が両手指外側に擦過傷を負い、また、右肋骨を骨折しており、本件オートバイのハンドル右側のブレーキレバーが前方に湾曲していたこと、本件オートバイの重量が一八三キログラムであること、(ロ)の原告ら主張の事情にかんがみ、本件事故の捜査を慎重に行う必要があること、(か)の亡詞博の靴について鑑定等を行わなかつたこと、(ハ)の原告らから、本件オートバイの運転者が小峰であつて亡詞博ではない旨の申し出があつたことをいずれも認める。

(イ) 本件オートバイを運転していた者が亡詞博であり、後部座席に同乗していた者が小峰であることは、以下の事実を総合すれば明らかである。

(あ) まず、事故現場の低歩道部分縁石に残されたタイヤによるとみられる擦過痕、第一植込みの手前のかけ上がり部分に残された車体各部によるとみられる多数の顕著な擦過痕、第一植込み及び第二植込みにおける土壌の抉られ方や散乱状況、第二植込みと第三植込みの間付近における事故後の本件オートバイの停止状況、更にこれらの事故現場の痕跡とほぼ符合する本件オートバイのステップ、チェンジペダル(変速ギア)、マフラー、ミッションカバー、ガソリンタンク、ハンドル左側先端、ナンバープレート等の損傷状況等からみて、前述のように、本件オートバイが事故現場の右カーブ部分を高速度で進行したため、曲がり切れずに低歩道部分縁石に衝突接触した後歩道上に乗り上げ、第一植込みの手前のかけ上がり部分で車体左側を下にして接地転倒し、右回りに一回転しながら、第二植込みと第三植込みの中間地点まで滑走して停止したことが明らかである。

(い) 小峰が本件オートバイより投げ出され、事故後に倒れていた地点は特定できないけれども、事故現場の低歩道部分に後部座席乗員の衣類によるとみられる引摺り痕が残され、かけ上がり部分の路面に小峰の着用していたズボンの一部であるとみられる衣類片が付着しており、また、亡詞博が事故後に第一植込み内に倒れていた状況などからみて、本件オートバイから小峰・亡詞博の順に投げ出されたものとみてよく、そうすると、亡詞博が本件オートバイを運転し、小峰が後部座席に同乗していたとするのが自然である。

(う) 亡詞博は、右肋骨三本を骨折し、右胸部に二個の拇指大の擦過傷(その間隔は約一〇センチメートルである。)などの外傷があるが、本件オートバイのハンドル右側のブレーキレバーが前方に湾曲しているところからすれば、本件オートバイが歩道上に乗り上げたため急激にハンドルが右に切れた際ブレーキレバーとアクセルグリップで右胸部を強打したものとみられ(両者の間隔は約一二センチメートルである。)、また、右大腿部内側に受傷したのも、本件オートバイの運転席で両足をステップバーに置き、ガソリンタンクカバー部にまたがり、身体を保持していたため、本件オートバイが歩道縁石に衝突した際の衝撃により受傷したとみられ、更に、左頭頂部挫裂創は、本件オートバイが歩道縁石に衝突した際にまずハンドル右側部分で胸部ないし上腹部を強打し、もんどり打つ形で頭部より先に落下したことによるといえる。そのほか、亡詞博が後部座席に同乗していたのであれば、身体の左側部分に負傷箇所が多いはずであるのに、反対に身体の右側部分に受傷箇所が多いし、また、両手指も、外側を受傷しており、内側には外傷がない。

(え) 他方、本件オートバイは車体左側を下にして滑走しているため、後部座席に同乗していた者は身体の左側に受傷箇所が多いとみられるところ、小峰は、右項部・左手掌手甲部・左腸骨部・左膝下部・左前脇部に打撲擦過傷があり、身体の左側部分に負傷箇所が多く、この点から小峰が後部座席に乗つていたことをうかがうことができる。

(お) 更に、小峰は、捜査の全期間を通じ数回の取調べに対し一貫して本件事故が亡詞博の運転中に発生したものである旨供述しており、その供述内容及び態度に不自然で作為的な点は認められず、兄洋一などの関係者の供述とも照応するものであるから、その供述は措信できるものである。

(ロ) ところで、本件事故の捜査にあたつた、浦賀警察署の警察官は、事故現場で実況見分等を行い、小峰を始めとする関係者の取調べを行うなど、科学的合理的捜査を遂行し、真相究明のため可能な限りの努力を尽くしたものであり、担当警察官に捜査の不手際はない。のみならず、捜査においては、それが任意捜査であつても、できる限り短時間内に終了することを旨としており、このため、関係ある事項のすべてにわたり万全を期することは至難であるから、おおむね結論において過誤がなければ、その捜査に過誤があり、担当警察官に過失があるとすることはできない。そして、捜査の結果についての判断は、それに相当な理由があり、担当警察官の考え方の個人差を考慮しても経験則上・論理上到底首肯し得ない程度に非合理的であるといえるような心証を形成しているのでない限り、その事実認定に基づき、事件の送致を行つても、何ら違法視されるべきものではなく、担当警察官に過失があるということはできないところ、本件事故における亡詞博が運転者であり、小峰が後部座席同乗者であるとの認定は、前述した事故現場の状況、特に歩道縁石、歩道上等に残された各種の痕跡、本件オートバイの損傷状況、亡詞博と小峰の負傷の部位程度等、更には、小峰と兄洋一の供述等に基づく妥当な判断であり、経験則上論理上合理性に欠けるところはない。

また、死者に対しては、表現内容が虚偽、虚妄のものでない限り名誉毀損による不法行為は成立しないというべきであるから、死者に犯罪者の汚名を被せ、遺族固有の名誉を毀損することにより不法行為が成立するためには、その表現内容が生存者に対するよりも更に一層高度に深刻なものでなければならないというべきであるが、前述したように、亡詞博が本件オートバイの運転者であるとの認定は妥当なものであるので、事件送致にあたり亡詞博を被疑者として表示したことが内容的に虚偽、虚妄のものということはできないのみならず、捜査担当警察官においては、原告らに対し、事件送致前に本件オートバイの運転者が亡詞博であることを一般に公表するなどの直接的な行為に出たことはなく、単に、亡詞博を重過失傷害被疑事件の被疑者として検察官に事件を送致したに過ぎないのであり、それは、担当警察官の正当な職務遂行から生じる当然の結果であるから、原告ら遺族としても法治国家における国民の一人として受忍すべきものである。

更に、担当警察官は、原告らの申し出もあつて、慎重に捜査を行つた結果、亡詞博を本件オートバイの運転者と認定し、亡詞博を被疑者として事件の送致をしたものであり、その際原告らの意見を参考とすることは格別、これを採用すべき義務はないのであるから、原告らの意見を採用しなかつたからといつて、原告らが亡詞博の遺族として有するところの厳正な捜査と処罰を求める権利を侵害したということはできない。原告らとしては、被害者の遺族として刑事訴訟法その他の法規の定めるところに従い告訴、告発等の手続をすることによつて加害者に対する適正な捜査と処罰を求めることができるのであるから、右の方法をとるべきものであるが、担当警察官において原告らが右の手続をとることを妨げたことはない。

したがつて、本件事故の捜査を担当した警察官の行為が不法行為を構成することはない。

(三)  同(三)(イ)の事実を認め、(ロ)を争う。

(四)  同(四)を争う。

3  請求の原因4を争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一交通事故の発生について

一原告らと亡詞博の身分関係

原告らが亡詞博の父母であることは、いずれの当事者間においても争いがない。

二交通事故の発生

昭和四九年六月二二日午後〇時五分頃横須賀市鴨居四丁目一三二〇番地先道路において亡詞博と小峰の乗つた本件オートバイが歩道上に乗り上げて転倒し、詞博が同日午後四時二〇分頃横須賀市立市民病院で死亡したことはいずれの当事者間においても争いがなく、亡詞博の死因が脳挫傷・頭蓋底骨折であることは原告らと小峰を除くその余の被告ら間においては争いがなく、原告らと小峰間においては<証拠>によつてこれを認める。

三事故車両の運転者

1  事故車両の運転者が小峰と亡詞博のいずれであるかにつき、以下考察する。

2  <証拠>を総合すると、本件事故は、事故当日亡詞博(当時二一歳)が通学先のバス旅行の途次事故現場にほど近い観音崎駐車場で休憩した際にブレーキテストを兼ねたドライブのため同駐車場にオートバイに乗つて来合わせていた小峰(当時一七歳)と兄洋一の兄弟に声をかけたことから知り合うに至り、小峰が亡詞博に頼まれ、同人を後部座席に乗せて多々羅浜方面に出かけ、同駐車場に帰る途中に発生したものであり(以上の事実は、原告らと小峰との間では争いがない。)、小峰は自動二輪車の運転免許を有するが、亡詞博は何ら運転免許を有しないことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

3  そこで、本件事案の特殊性にかんがみ、証拠上確実とみられる事実から検討を加えることとする。

(イ) まず、事故現場に関しては、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(あ) 事故現場は、観音崎駐車場(間口約七〇メートル)から多々羅浜方面に向かい約七〇メートル進んだ、片側一車線の車道とその両側に一段と高くなつた歩道のある、アスファルト舗装された道路上である。

(い) 事故現場より多々羅浜方面に向かい更に約六〇メートル進んだ先に観音崎隧道があるが、この道路を反対に多々羅浜方面(南方向)から同隧道を通つて観音崎駐車場方向(北方向)に向かうと、同隧道入口手前より事故現場に至るまで下り勾配となり、事故現場付近では約一〇〇分の四の勾配である上、同隧道内で直線であつた道路が同隧道を出ると、約一〇メートル進行した地点で急激に右に大きくカーブし、事故現場付近では曲率半径五五メートル(一部六〇メートルの区間もある。)のカーブとなり、最高速度が毎時四〇キロメートルに制限されている。

(う) 事故現場付近の車道幅員は七・〇メートル、歩道幅員(西側分)は側溝部分〇・六メートルを含めて二・二メートルであり、歩車道の段差は二五センチメートルであるが、一部他の道路と交差している低歩道部分は七メートルにわたり段差が七センチメートルとなり、その両端約〇・六メートルが段差七センチメートルから二五センチメートルに移行するかけ上がり部分となつている。

(え) 歩道(西側)は、約八メートル間隔で小灌木の植込み(枠組み縁石の長さ横一・五四メートル、縦〇・九二メートル)があり(かけ上がり部分と第一植込みとの間隔は約一・二メートルである。)この植込み部分を除き、アスファルト舗装され(ただし、側溝部分は、低歩道部分のそれが鉄格子製蓋となつているほかはコンクリート製蓋で覆われている。)、車道沿いには観音崎隧道から事故現場の低歩道部分の手前まで金属ネット製防禦柵が設置され(事故現場付近には設置されていない。)、コンクリート製縁石で車道と仕切られている(なお、歩道縁石に接する車道西端部分は地下側溝のためコンクリート舗装となつている。)。そして、歩道の西側は、他の道路と交差している低歩道部分を除き、石垣となつている。

(お) 事故当時は、晴れており、路面は乾燥していた。

(ロ) 次に、事故車両に関し、<証拠>によれば、以下の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(あ) 事故車両は、小峰が本件事故の約二箇月前に買い受けた中古オートバイ(スズキGT三八〇)であり、総排気量三七一シーシー、重量一八三キログラム、全長二〇九・〇センチメートル、全幅八一・五センチメートル、全高一一二・五センチメートルの変速機六段リターン式であつた。

(い) 事故当時本件オートバイは、ハンドル・ブレーキ等に故障はなく、よく整備された車両であつた。

(ハ) 更に、事故現場における亡詞博やオートバイの転倒状況、事故の痕跡、オートバイの損傷状況、亡詞博と被告小峰の負傷状況等に関し、<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(あ) まず、亡詞博は、事故現場の歩道上でかけ上がり部分から数えて最初の、第一植込みのなかに、西側石垣方向に頭を向け、足を車道方向に向け、身体の右側部分を下にして、意識不明の状態で頭や口鼻から血を流しながら倒れていた。付近には、血液の流れた跡があり、血痕の付着した、ソフトボール大の、上部のとがつた石塊があつた。

(い) オートバイは、第二植込みと第三植込みとの中間の歩道上で、亡詞博が倒れていた第一植込みからは約一三メートルの地点に石垣側に前輪を向け、車道側に後輪を向け、車体左側を下にして転倒停止しており、この地点には、油痕が残されていた。

(う) 事故現場の車道にはスリップ痕などの事故の痕跡はなかつたが、歩道は、高さ七センチメートルの低歩道部分の車道との仕切り縁石に長さ約四・五メートルにわたりタイヤによるとみられる擦過痕が残され、その中間付近より低歩道部分上にステップ痕とみられる二条の抉り痕が歩道西側の石垣に向かい斜めに残され(最初の抉り痕が第一植込み中心部から約七メートル手前の歩道縁石より鋭角をなして始まり、長さ一・五メートルで途切れ、約一・六メートルの間隔を置いてその延長線上に次の抉り痕が長さ約一・〇メートルにわたり印象されている。)、かつ、右の抉り痕と平行して衣類によるとみられる引摺り痕も残され、その終点であるかけ上がり部分に衣類片様繊維物質が付着し(この地点の延長線上約三メートルの地点には石垣がある。)、また、かけ上がり部分を中心にステップ痕等とみられる八個の比較的短い擦過痕が残され、かけ上がり部分の仕切り縁石が一箇所損傷し、右箇所より第一植込みまでの縁石上にはタイヤのきしみ痕とみられる痕跡が残され、第一植込みから第二植込みにかけてはチェンジペダル(変速ギア)痕とみられる五個の抉り痕が点点と残され(そのうち最初の抉り痕は、第一植込みと西側石垣との間に約二・三メートルにわたり緩やかな円弧状のものとして残されている。)、第二植込みから第三植込みまでの間にもチェンジペダル痕とみられる抉り痕(約四・五メートル)が残され、そのほか、第一植込みでは、小灌木が一部切損し、付近の歩道上と車道上に泥土が散乱し、第二植込みでは中央部分が深さ約四センチメートルまで抉られ、やはり観音崎駐車場方向に向けてかなり広範囲に歩道上と車道上とに泥土が多量に散乱していた(なお、泥土は、第一植込みと、第二植込みの中間付近の側溝上や第二植込みの西横付近の側溝上にも散乱していた。)。しかし、歩道西側の石垣にオートバイや亡詞博、小峰が衝突した形跡は見当たらなかつた。なお、事故現場付近では、本件事故以外にも多数の交通事故が発生しており、前日も少し手前の地点でオートバイの転倒事故があつた。

(え) 本件オートバイは、車体左側部分で前後部方向指示灯、尾灯カバーの破損脱落、前輪タイヤ、車軸中心部、ハンドルグリップ先端、ハンドルクラッチレバー先端、ガソリンタンク、エンジン、ミッションケース、マフラー及びシートベルトの擦過痕(一部凹損もある。)、運転者用ステップ先端の摩耗と湾曲、チェンジペダル先端の擦過痕と湾曲、ナンバープレートの湾曲、更に、前輪タイヤ、ハンドルグリップ、ハンドルクラッチレバー、ハンドルミラー及びナンバープレートの泥土の付着などが、また、車体右側部分でハンドルブレーキレバーの湾曲などがそれぞれみられたが、全体的に損傷の程度はそれほど大きなものではなかつた。なお、速度計の目盛りは、毎時九〇キロメートルを指示していた。

(お) 亡詞博は、左頭頂部に不整形な各一〇センチメートルの長さの十字様の挫裂創があり、脳挫傷・頭蓋底骨折が致命傷となつたが、そのほか、右胸部に小児頭大の打撲傷と拇指大の擦過傷(二箇所)があり、右肋骨三本が骨折し、左顔面(眼瞼部)擦過傷、両肩甲部に手掌面大の打撲傷と擦過傷、両肘部に擦過傷、両手甲関節部に擦過傷、右腰側部に手掌面大の打撲傷、左大腿部内側に手掌大の打撲ないし打撲傷、右膝部に打撲傷と擦過傷、左膝部に擦過傷、両脛部に拇指頭大の擦過傷などがあつた。これに対し、小峰は、右項部打撲擦過傷、左手掌手甲部擦過傷(多数)、左前腕部擦過傷、左腸骨部擦過傷、左膝下部擦過傷などがあつたが、全治約一〇日間の軽傷にとどまり、頭部は負傷しなかつた。また、小峰は、事故直後胸部から腹部にかけて泥土にまみれ、ズボン(ベージュ色)の左膝下付近が大きく裂けていた。

4  以上のとおり認められるところ、<証拠>によれば、小峰は、亡詞博の腰に両手を回わして後部座席に同乗していたが、オートバイが観音崎隧道を出てから身体が浮き上がつた、あるいは、身体が上方に上がつて二、三メートル先に飛ばされ、後で気付いてみると、オートバイが前方観音崎駐車場寄りに倒れていたが、亡詞博には気付かず、そのまま同駐車場まで兄洋一を呼びに行つた、眼前に石垣が迫つてきて道路に滑つたような感じもするが、後のことは無我夢中で覚えていない、気が付いて観音崎駐車場にいる兄洋一を呼びに行く途中オートバイの横を通つたが、自分の倒れていた地点やオートバイとの距離関係などはわからない、兄洋一を呼びに行く前に亡詞博の状況を確認していない、オートバイの事故前の速度は時速約六〇キロメートルくらいである、と述べるにとどまり、その供述によつては、本件オートバイが事故現場で車道より歩道上に乗り上げて転倒した後滑走し、亡詞博や小峰が投げ出された状況等が明らかでないので、以下3(イ)ないし(ハ)で認定した事実関係を前提としつつ、オートバイの事故直前の走行速度、オートバイが車道より歩道上に乗り上げて転倒した後滑走した状況、亡詞博がオートバイより離脱した状況及び小峰がオートバイより離脱した状況を順次考察することとする。

(イ) まず、事故直前のオートバイの走行速度は、本件オートバイが事故現場の曲率半径五五メートルの右カーブを曲がり切れないで歩道上に乗り上げ、後述のとおりかけ上がり部分で転倒した後十数メートルにわたり多数の擦過痕等を残しながら滑走しており、オートバイの車体自体約一八三キログラムの重量物であることなどを併せ考えるならば、小峰の供述するとおり時速約六〇キロメートル程度の高速度であつたと認めるのが相当である。この点に関し、<証拠>は、本件オートバイが観音崎隧道を出て時速約七一キロメートルの速度で曲率半径七五メートルにより右にカーブしながら走行中、路上の砂粒のため横滑りを起こし、低歩道部分の縁石に時速五五キロメートルの速度で衝突し、その後歩道上を時速約四六キロメートルの速度で滑走し始めたものと推定しており、これらの推定値はあくまで物体の運動に関する物理学上の諸法則に一般の実験によつて得られた係数を用いて演算した結果得られた理論的数値であるため、これをもつて直ちに事故直前のオートバイの走行速度と認めることは相当でないとしても、その認定にあたり参考となしうるものである。

(ロ) 次に、右に検討したオートバイの事故直前の走行速度のほか、第一植込みの手前の低歩道部分の縁石には長さ約四・五メートルにわたりタイヤの擦過痕とみられる痕跡があり、その中間付近より歩道上を西側の石垣に向かい合計約二・五メートルにわたり斜行する二条のステップ痕とみられる痕跡等がありながら、その延長線上の石垣にはオートバイや亡詞博、小峰が衝突した形跡がなく、低歩道部分北側のかけ上がり部分を中心にステップ痕等とみられる多数の擦過痕等が残され、かけ上がり部分に間近い第一植込み内に亡詞博が倒れ、更に前方の第二植込みと第三植込みの中間付近にオートバイが車体左側を下にし、前輪を石垣側に後輪を車道側に向けて転倒停止しており、その間の歩道上にもチェンジペダル痕とみられる数個の擦過痕が断続的に残され、また、第二植込みと第三植込みの灌木が切損し、付近に泥土が散乱し、他方、本件オートバイは、前輪タイヤに擦過痕があり、運転者用ステップバー、チェンジペダルが摩耗湾曲するなど、車体左側部分に多数擦過痕(一部は凹損している。)があるが、ハンドル右側のブレーキレバーの湾曲以外格別損傷箇所は見当たらないなどの事実より、本件オートバイの進行状況を推認するならば、小峰及び亡詞博の乗つたオートバイは、観音崎隧道を出た後、前述の高速度で進行したため、事故現場の急な右カーブ部分で走行の自由を失い、車道左側の歩道に向かい進行し、高さ七センチメートルの低歩道部分に衝突した後前輪タイヤが歩道縁石と擦過し続けるうち前輪のみに制動がかかつたのと同じ状態となつたことから、車体後部が左に振れ、その前後に歩道上に乗り上げると、車体が左側に傾いたまま歩道西側の石垣方向に向かい斜行し、かけ上がり部分で車体左側を下にして転倒し、これにより車体中央部付近を中心として右回わりに回転しながら第二植込みと第三植込みの中間付近の停止地点まで十数メートルにわたり滑走したと推認するのが相当である。もつとも、事故の状況に関する<証拠>では、本件オートバイが第一植込みの約一・二メートル手前の高歩道部分の縁石に衝突した後空中滑走し、第一植込みを過ぎてから間もなく歩道上に接地し、その後は左回わりに回転しながら第二植込みと第三植込みの中間付近の停止地点まで滑走したと推定しているけれども、右の推定は、事故現場の歩道上に残された多数の擦過痕等の痕跡と符合しない点で客観的根拠に欠けるものといつてよく、たやすく首肯することができない。

(ハ) そこで、亡詞博が本件オートバイより離脱した状況につき検討するに、本件各証拠上かけ上がり部分で転倒したオートバイが十数メートル先の停止地点までどのように回転しながら歩道上を滑走したのか十分明らかでないけれども、本件オートバイは、歩道上に乗り上げる前後いずれかの段階で前輪タイヤが歩道縁石と擦過し続けたことにより前輪のみに制動がかかつたのと同じ状態にあつたとみられる上、その後かけ上がり部分で転倒し、しかも、西側の石垣に衝突していない事実からすれば、本件オートバイには、かけ上がり部分で転倒した後滑走し始めるまでにその進行方向を変えるだけの右回わりの大きな回転力が車体に生じていたと推認することができ、他方、亡詞博も石垣に衝突した形跡がなく、同人が倒れていた地点はオートバイの転倒したかけ上がり部分の約一・二メートル前方の第一植込み内であることを併せ考察すると、亡詞博は、かけ上がり部分でオートバイが転倒した際の強い衝撃により大きく右回わりに回転するオートバイより前方に投げ出され、第一植込み内に転落したものと推認するのが相当である(勿論亡詞博が直接第一植込み内に転落したのではなく、いつたんは付近に転落した後、第一植込み内の倒れていた地点まで回転しながら移動した余地も十分ありうる。)。ところで、<証拠>では、歩道上に乗り上げた後の本件オートバイの進行状況、石垣と亡詞博の倒れていた地点との位置関係等から、オートバイより投げ出された亡詞博が石垣と衝突し、その際左頭頂部に致命傷となつた十字様の挫裂創とこれによる頭蓋底骨折の傷害を受け、その後第一植込み内まではね返されたものと推論しているけれども、人体の形状・弾力性からすれば、石垣に衝突した際の角度よりも更に大きな角度で石垣よりはね返つたとする右の推論は、合理性に欠けるものというほかないし、また、前述のように石垣に亡詞博が衝突した形跡がみられないこととも、符合しないものである。かえつて、亡詞博の頭部の致命傷は、オートバイより前方に投げ出され、歩道上に転落した際植込みの枠組み縁石や付近の石塊と衝突することにより生じうるものであるから(あるいは、投げ出された亡詞博の直後を滑走するオートバイの突起部と衝突することによつても生じうるものである。)、必ずしも前記推論のごとく亡詞博が石垣と衝突し、その際頭部に受傷したとみなければならないものではない。

(ニ) 最後に、小峰が本件オートバイから離脱した状況につき検討するに、前述のように、小峰は、自分の倒れていた地点の記憶がないとしながらも、事故直後オートバイが前方に倒れていたが、亡詞博には気付かなかつた、気が付いて観音崎駐車場にいる兄洋一を呼びに行く途中オートバイの横を通つた、旨述べるのであるから、右の供述を前提とする限り、小峰は、亡詞博の倒れていた第一植込みよりも同駐車場寄りでオートバイの停止していた第二植込みと第三植込みの中間付近より手前の地点に倒れていたこととならざるを得ないが、仮に小峰が亡詞博と同時に、あるいは、相前後して本件オートバイから離脱したのであれば、かけ上がり部分で転倒するまでのオートバイの進行方向や進行速度と歩道西側の石垣までの距離関係からみて小峰自身、石垣に激突したか(<証拠>を総合すれば、かけ上がり部分に付着していた衣類片様繊維物質が小峰の着用していたズボンの左膝下付近の一部と認められるので、低歩道部分上の衣類によるとみられる引摺り痕も、小峰の着用していたズボンの左膝下付近によつて印象されたものであると推認されるから、小峰は、本件オートバイがかけ上がり部分付近まで進行する以前に離脱したものでないことが明らかである。)、それとも、かけ上がり部分で転倒した後滑走し始めるまでにオートバイの車体軸の向きが右回わりの回転力により大きく変わつているため、亡詞博と同様に第一植込み付近の道路上に投げ出されたかのいずれかであるとみられるところ、そのいずれの場合にあつても、小峰は、その衝撃力からみて強い打撲を身体に受け、重傷を負うことは必至であつたというべきであるのに、小峰が受けた外傷のうち打撲傷としては僅かに右項部打撲擦過傷があるのみであつて、他はいずれも擦過傷であり、しかも、全治一〇日間程度の軽微なものであるから、前記仮定は否定するほかない(なお、偶然小峰が何らかの原因で右に述べた軽傷にとどまつたのであれば、その場合には、事故直後小峰は付近に倒れていた亡詞博に気付いたはずであるが、小峰において亡詞博に気付かなつたと述べていたことは既にみたとおりである。)。そうだとすると、右にみた小峰の負傷状況に加え、前述のように小峰が事故直後身体前面を胸部から腹部にかけて泥まみれにしていた事実からすれば、小峰は、本件オートバイがハンドル左先端又はナンバープレートで第一植込み、第二植込みの順にその土壌を深く抉り、付近に泥土を散乱させながら滑走を続けていた時点でも本件オートバイ上にとどまつており、その進行速度が著しく減衰した時点以降に離脱した、と推認するのが相当である。なお、本件各証拠上小峰の背面等に泥土が多量に付着していた事実はうかがいえないところであるから、小峰の胸部から腹部にかけて付着していた泥土は、小峰がオートバイから離脱した後路上に転倒した際付着したものではない、といつてよい。

5 そして、右の考察によれば、亡詞博がかけ上がり部分付近で離脱し、小峰が早くとも第二植込みを過ぎた付近で離脱しているのであるから、小峰が本件オートバイを運転し、亡詞博が後部座席に同乗していたことは明らかである。けだし、小峰が後部座席にあつてハンドルの把握という身体の支持方法を有しないにもかかわらず、運転席の亡詞博が投げ出された後なお八メートル以上にわたり車体を回転させながら暴走するオートバイ上に残留しえたとは到底想定することができないからである。

6 ところで、亡詞博の右胸部には小児頭大の打撲傷と二条の擦過傷があり、かつ、右肋骨三本が骨折しているところ、仮にそれが亡詞博がオートバイより投げ出される際ハンドル右側部分で強打したことにより生じたものであるならば、このことは亡詞博が本件オートバイを運転していたことの一つの証左となしうるものであるけれども、ハンドルグリップ及びブレーキレバーの形状に着目するとき、ハンドル右側部分で右胸部を強打しても前述の小児頭大といつた広範囲にわたる打撲傷を形成しうるものか否か甚だ疑問であるのみならず、その際ブレーキレバー自体前方に湾曲し、右肋骨三本が骨折するほどの衝撃力がありながら、着衣の上からとはいえ、前述のような軽い外傷にとどまつたことは不自然ですらある、といえる。また、亡詞博の左大腿部内側の手掌大の打撲ないし打撲傷は、<証拠>によると、打撲とも打撲傷とも記載されているものであり、<証拠>によるも、明らかな打撲傷であるとは認め難く、極めて程度の軽(ママ)らかいものであつたことがうかがえるから、ガソリンタンクのように固い物体でなく、後部座席シートのように軟い物件が大腿部内側に強力に作用した場合であつても生じる余地があり、それゆえ、亡詞博の左大腿部内側に打撲傷があるからといつて、直ちに亡詞博が本件オートバイを運転しており、このためオートバイが左側に転倒した際にガソリンタンクによつて受傷したものであるということはできない。他方、小峰の左大腿部内側には打撲傷がないけれども、小峰は、オートバイがかけ上がり部分で車体左側を下にして転倒する以前に左足を運転者用ステップバーから外し、両大腿部でガソリンタンクカバー部をはさんでいなかつた可能性が高いから(小峰において左足をステップバーにのせていたならば、低歩道部分にズボンによる引摺り痕を印象した際、ズボンの左膝下付近でなく、左膝外側を破損し、同部位に受傷したはずであるのに、小峰着用のズボンが破損していたのは左膝下付近であり、受傷箇所も同部位であるから、その可能性は高いといつてよい。)、その左大腿部内側に受傷した事実がないとしても、不自然とするに足りない。そして、亡詞博の両肩甲部・右胸部・右腰部の打撲傷は、いずれも小児頭大ないし手掌面大と広範囲にわたるものであり、平板な物体との衝突により生じたものといえるから、本件オートバイから転落した際歩道面との衝突によつて受傷したと推認することができ、これに加え、両肩甲部の打撲傷と右胸部・右腰部の打撲傷とでは打撲力の作用した方向が異なるだけでなく、亡詞博が左頭頂部にも受傷している事実に徴すると、亡詞博は、オートバイから転落するにあたり、既述のごとく頭部から落下して植込みの枠組み縁石か付近の石塊かのいずれかにより左頭頂部に受傷するとともに(オートバイの突起部で受傷した可能性も否定できない。)、歩道面で両肩甲部に受傷し、次いで、亡詞博に作用した回転力のため躯幹部の右側部分が頭部より遅れて歩道面と激突した際右肋骨を骨折するなど右胸部・右腰部等の右体側部分に受傷し、更にその過程で両手肘部・両手甲部にも受傷したものとみることができるから、亡詞博の前述した負傷状況は、亡詞博が後部座席に乗つていたことと相容れないものではない。

7 既に検討したように、事故当時本件オートバイを運転していた者は小峰であるというべきであるが、小峰は、亡詞博が運転していたと終始供述しているので、その供述の信憑性につき考察するに、小峰の供述は、亡詞博が事故を起こす直前にブレーキをかけたか否か、小峰において亡詞博にブレーキをかけるように注意したか否か、亡詞博の運転振りをみて改めて同人に運転免許の保有の有無を尋ねたか否か、更に小峰自身事故の際後部座席より浮き上がつて前方に飛ばされたのか否か、道路上を滑つたのか否か、事故直後倒れているオートバイにいつ気付いたか、といつた運転者の確定に関する事項につき、警察での供述と法廷での供述との間に単に時間的経過とか思い違いとかによるとは思われない不自然な変転があることに加え、小峰の供述を前提とするとき、亡詞博は、自動二輪車の運転免許を有していないのにこれを有する旨伝え、あるいは、サーキットグループに入り、二五〇シーシー、三五〇シーシーといつたオートバイに乗つていたことはないとみられるのに(この点は、俊策供述により認める。)、そのような事実がある旨伝えたことになること、亡詞博は、重さ一八三キログラムの本件オートバイの運転経験はなかつたとみられるのに(この点も俊策供述により認める。)、小峰を後部座席に乗せて運転したことになること、亡詞博は、無免許であるのに、学校の友人等が待つ観音崎駐車場へ本件オートバイを運転して帰ろうとしたことになること、小峰は、その日知り合つたばかりの亡詞博に大切にしていたオートバイを運転させたこととなること、小峰は、事故直後亡詞博の状況につき全く確かめないまま兄洋一を前記駐車場まで呼びに行きながら、自ら、あるいは、兄洋一に依頼して警察に通報するとか、救急車の手配をするとかの措置をとることなく、事故現場に引き返していること、小峰は、事故の際頭部を強打した形跡はないのに、自分が事故直後に転倒していた地点すら記憶にないとしていること、など疑わしい点が少なくなく、たやすく措信し難い。

第二小峰の損害賠償責任と被告会社の損害賠償額支払義務について

一小峰の損害賠償責任

1  小峰が岡崎州児より昭和四九年五月頃本件オートバイを譲り受け、本件事故当時これを所有し、自己のため運行の用に供していたことは、原告らと小峰間において争いがない。

2  そうすると、小峰は、本件オートバイを運転中に事故を惹き起こし、後部座席に同乗していた亡詞博を死亡させたものであるから、本件事故による損害につき、弁護士費用分を含め、自賠法第三条本文の規定に基づく損害賠償責任がある。

二被告会社の損害賠償額支払義務

1  被告会社と岡崎が本件オートバイにつき昭和四八年九月五日原告ら主張の自賠責保険契約を締結し、その後小峰が同人より本件オートバイを譲り受け、本件事故当時これを自己のため運行の用に供していたことは、原告らと被告会社間において争いがない。

2  そうすると、被告会社は、本件事故による損害につき自賠法第一六条第一項の規定に基づく損害賠償額支払義務がある。

三交通事故による損害

1  亡詞博の損害と原告らによる相続

(イ) 亡詞博の損害

(1) 治療関係費

<証拠>によれば、亡詞博は、事故後横須賀市立市民病院に収容され、治療を受けたが、その治療費として一万一九四三円、診断書・診療報酬明細書作成料として一六〇〇円合計一万三五四三円を要したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(2) 逸失利益

<証拠>を総合すると、亡詞博は、本件事故当時四年制の東洋美術学校絵画科一年に在学中の満二一歳(昭和二八年二月一七日生まれ)の健康な男子であつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はないところ、「昭和四八年度賃金センサス」第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計による男子労働者の平均年間給与額は一六二万四二〇〇円であり、また、「昭和四八年簡易生命表」によれば、満二一歳の男子の平均余命は五一・五三年であるから、亡詞博は、本件事故に遭遇しなければ、前記美術学校卒業後満二五歳から満六七歳に達するまでの四二年間に毎年前記平均年間給与額より生活費としてその五割を控除した残額八一万二一〇〇円の収益を得ることができたとみるのが相当であり、いまライプニッツ方式(ライプニッツ係数一四・三三四一一六)により本件事故当時の現価を算出すると、一一六四万〇七三五円となることが計数上明らかである。

(ロ) 原告らによる相続

原告らは、亡詞博の父母として前記(イ)(1)(2)の損害賠償請求権につき各二分の一あて相続すべきところ、弁論の全趣旨によれば、原告ら間に成立した遺産分割の合意により、そのうち前記(イ)(1)の一万三五四三円(そのうち請求額は一万二八八三円である。)を俊策が、前記(イ)(2)の一一六四万〇七三五円の二分の一にあたる五八二万〇三六七円を俊策と満子がそれぞれ相続したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  俊策の損害

(1) 葬儀費

俊策供述によれば、俊策において亡詞博の葬儀を執り行つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はないところ、本件事故当時の一般慣習、亡詞博の生前における社会的地位等にかんがみれば、葬儀に要する費用は、三〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(2) 慰藉料

<証拠>によれば、原告ら夫婦には、長男亡詞博、長女律子の二子があり、原告ら夫婦は、生前美術専門学校で絵画を学ぶかたわら、詩歌の創作にも興味を抱き、将来画家として身を立てることを望んでいた亡詞博に大きな期待を寄せ、その将来を楽しみとしていたにもかかわらず、突如本件事故のため同人を失い、著しい精神的苦痛を受けたことが認められ、既に検討したところから明らかなごとく、亡詞博は、小峰の好意により本件オートバイに無償同乗した者であるが、他方、小峰は、本件オートバイを運転していた者は亡詞博である旨主張し、事実上亡詞博の死亡につき刑事責任を免れるとともに、今日に至るも、何ら損害賠償に応じていないなど、本件にみられる一切の事情を斟酌するならば、俊策の受けた精神的苦痛を慰藉する金員としては、三〇〇万円が相当である。

3  満子の損害

俊策と同様の事由により満子が亡詞博の死亡により受けた精神的苦痛を慰藉するための金員としては、三〇〇万円が相当である。

4  損害額合計

したがつて、俊策の損害賠償請求権の合計金額は、後述の弁護士費用分を除き、その請求額との関係では九一三万三二五〇円となる。また、満子の損害賠償請求権の合計金額は、後述の弁護士費用分を除き、八八二万〇三六七円となる。

5  弁護士費用

原告らが弁護士に委任して本訴訟を提起追行してきたことは、当裁判所に顕著な事実であり、訴訟の性質とりわけ本訴訟にみられる事案の特殊性、原告らの請求額とこれに対する認容額にかんがみれば、弁護士費用は、俊策につき九〇万円、満子につき八五万円の限度でそれぞれ本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

第三被告県の本案前の申立てについて

警察官の犯罪捜査において被疑者として取り扱われた死者の父母が捜査過程で警察官のとつた種々の措置判断の誤り更にはこれに基づく終局処理の誤りを理由に当該捜査が違法であり、その結果、遺族としての名誉を毀損され、あるいは、遺族として有する厳正な捜査と処罰を求める権利を侵害されたと主張して、当該警察を設置する県に対し、損害賠償請求の訴えを提起しても、それによつて警察官の捜査活動自体何ら制約を受けるものではなく、かかる訴えの提起をもつて捜査活動に対する容喙・干渉ということができないことは勿論であるから、別に刑事訴訟法その他の法令上捜査の是非に関して不服申立ての途が開かれているか否かにかかわりなく、原告らの被告県に対する訴えを不適法視する余地はない。

したがつて、被告県の本案前の申立ては理由がない。

第四被告県の損害賠償責任について

一交通事故の捜査の経緯

1  神奈川県警察浦賀警察署の管内に本件事故の現場があり、署長柴田敬治警視の指揮の下で交通課長山上政継警部らによつて本件事故の捜査が行われたこと、事故直後本件事故発生の報を受けて現場に出動し、捜査にあたつたのが村田英夫巡査、島田(旧姓小山)巡査であり、事故当日の当直主任が今福次警部補であつたことは、原告らと被告県間において争いがない。

2  次に、本件事故の捜査を担当した警察官が昭和四九年一一月初め頃本件オートバイを運転していた者は亡詞博であると認定した上、本件事故につき亡詞博を被疑者として重過失傷害の罪名で検察官に事件の送致をしたことも、原告らと被告県間において争いがない。

二交通事故の捜査の過誤

1  本件事故の捜査を担当した浦賀警察署の関係警察官において本件オートバイを運転していた者を亡詞博と認定したことが誤りであることは、既に述べたところから明らかである。

2  しかし、警察官において、司法警察職員として交通事故を含む犯罪の捜査に従事するにあたり、事実の認定を誤つて真実は犯人でない者を被疑者として取り扱い、捜査を遂げた上、司法警察員たる警察官から検察官に事件を送致しても、警察官が司法警察職員として行う捜査は、刑事訴訟法を始めとする捜査関係法規に従い、犯人の発見確保と公訴の提起維持に足りる証拠の収集保全を目的として展開されるところの密行性の高い警察活動であり、また、事件の送致は、捜査機関である司法警察員から訴追機関である検察官に対する事件の引継ぎというべきものであるから(なお、刑事訴訟法上司法警察員が捜査を遂げた場合、その結果につき検察官に司法的判断をさせるため、犯罪の嫌疑の有無を問わず、検察官に事件を送致することが義務付けられている。)、このような犯罪捜査及び事件送致の性格上、例えば誤つた捜査結果を公表するなど、犯罪捜査及び事件送致の過程で被疑者として取り扱われた者あるいはその親族の社会的評価を低下させるおそれのある行為を行つたのであれば格別、そうでない限り、犯罪の嫌疑に関し認定を誤つた捜査を行い、これに基づき事件の送致をしたというだけで、直ちにこれらの者の名誉を毀損する行為があつたということはできない。のみならず、もともと、犯罪捜査においては、強制処分等により関係者の人権を侵害するおそれのある場合、その要件が法定され、警察官において、これを遵守することが要求される反面、強制捜査であると任意捜査であるとを問わず、前述した捜査活動の合目的性に由来する広範囲な裁量権が与えられ、警察官は、捜査の目的を達成するために効果的な手段方法を選択し、その独自の判断により犯罪の嫌疑の有無を認定し、捜査を遂行するものであることからすると、警察官が捜査関係法規に違反し、法定の要件が欠けるにもかかわらず、逮捕・捜索差押等の強制処分を行い、あるいは、任意捜査であつても、捜査機関に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、社会通念上是認し得ない手段方法により関係者の取調べその他の捜査を行い、その結果、関係者の自由、平穏、財産、名誉等の法益を具体的に侵害するのでなければ、犯罪捜査及びこれに続く事件送致が違法となるものではなく、したがつて、当該犯罪捜査に従事した警察官の故意過失による不法行為が成立することはないというべきである。

3  ところが、原告らは、ハンドル部分からの遺留指紋の採取、オートバイの押収、事故現場における実況見分の実施、亡詞博着用ズボンの押収と遺留衣類片の鑑定、亡詞博着用靴の鑑定、小峰の取調べ等、本来捜査担当警察官の裁量に委ねられているところの措置に関する判断の誤りとこれに帰因する本件オートバイの運転者に関する認定の誤りをもつて本件事故の捜査及びこれに続く事件送致の違法を主張するにとどまり、その過程で亡詞博あるいはその父母である原告らの名誉を違法に毀損する行為が行われたことまで主張するものではないから、捜査担当警察官の不法行為責任を論ずる余地はない。

4  なお、<証拠>によれば、原告らは、本件事故後間もなく浦賀警察署を訪れたのを初めとして以後数回にわたり、同署を訪れ、亡詞博が本件オートバイの運転者であるとする警察の認定に疑問を呈し、亡詞博着用の靴を持参するなどして、徹底した捜査を申し入れ、これに対し、応接した山上交通課長らは、原告らに十分な捜査を約束したものの、結局は亡詞博が運転者であるとする認定を変えることなく、同人を被疑者として事件を送致し、その間原告らの求めに応じ、亡詞博が本件オートバイの運転者であると認定している旨告げるとともに、そのように認定した根拠につき説明を行つたことが認められるが(右認定に反する証拠はない。)、右の経緯にかんがみると、山上交通課長らは、あくまで当時の捜査状況に基づき警察としての見解を述べたものであり、本件全証拠によるも、その際同課長らにおいて亡詞博が本件オートバイの運転者でないことを知りながらことさら同人が運転者である旨告げるなどした事実は到底認められないところであるから、これをもつて亡詞博に犯罪者の汚名を被せ、父母である原告らの名誉を毀損したということはできない。

5  また、原告らは、捜査担当警察官において捜査上過誤を犯し、真実は加害者である小峰を被害者として取り扱い、逆に被害者である亡詞博を加害者として取り扱い、同人を被疑者として事件の送致をしたことをもつて原告らが被害者の遺族として捜査機関に対し有する厳正な捜査と処罰を求める権利を侵害したと主張するけれども、犯罪捜査の使命は、事案の真相を解明し、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することにあり、刑事訴訟法が被害者あるいはその親族に告訴・告発をする権利を与えたのも、告訴・告発を通じ捜査機関に捜査の端緒を与え、あるいは、終局処分に被害者の意思感情を反映させ、もつて前述の犯罪捜査の使命を達成するためにほかならないから、捜査担当警察官において何ら正当な事由がないのに告訴・告発を受理せず、あるいは、告訴・告発を受理しても長期間にわたり捜査を行わないまま放置し、更には捜査を行つてもその内容が到底是認しえない程度に著しく不十分かつ不合理なものであるなど、実質上告訴・告発権を全く無意味にさせたに等しいと評しうる特段の事情が存在する場合は格別、法が期待する適正な捜査及び処罰が行われなかつたというだけで被害者あるいはその親族の告訴・告発に関して有する法的利益が害されたというべきではなく、本件事故の捜査につき原告ら主張の過誤があるとしても、捜査担当警察官の故意・過失による不法行為が成立するものではない。

6  <証拠>によれば、捜査担当警察官は、本件オートバイのハンドル部分から遺留指紋を採取しないまま小峰に引き取らせており、これを押収するまで事故後数日を要していること、また、亡詞博が着用していた衣服や靴につき事故直後詳細な実況見分を行つておらず、小峰が着用していた衣服や靴についてもこの点は同様であつて、事故の数日後に右衣服の写真撮影を行うにとどまつていることが認められ(他に右認定に反する証拠はない。)、本件オートバイの運転者を確定するために必要な証拠の収集保全という見地からみるとき批判の余地があるけれども、このような捜査の不備があるからといつて、本件事故についての捜査の内容が到底是認し得ない程度に著しく不十分かつ不合理なものであるということができないのは勿論である。

第五結論

以上の次第で、原告らの被告小峰に対する請求は、原告俊策に対し、損害賠償金一〇〇三万三二五〇円及びうち弁護士費用分を除くその余の損害賠償金九一三万三二五〇円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告満子に対し、損害賠償金九六七万〇三六七円及びうち弁護士費用分を除くその余の損害賠償金八八二万〇三六七円に対する前同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める限度で正当として認容し、その余の部分につきいずれも失当として棄却し、原告らの被告会社に対する請求はいずれも全部正当として認容し、原告らの被告県に対する請求は、いずれもその余の点につき検討するまでもなく全部失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文の各規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(三井哲夫 渡邉 温 加藤美枝子)

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